年表

1799: ニューヨーク市が、手つかずの原野(現在の住所で言うと、西の境界はブロードウェイと6番街、東はマディソン街、南は33丁目、北は36丁目までの区画)を農地として2,600ドルでジョン・トンプソンに売却する。

1825: トンプソンが、農場をチャールズ・ロートンに1万ドルで売却する。

1827: ジョン・ジェイコブ・アスターの次男であるウィリアム・バックハウス・アスターが、この農場を投資目的で2万500ドルで購入する。

1859: ジョン・ジェイコブ・アスターJrが、5番街と33丁目の北西角に邸宅を建設する。

1862: ウィリアム・バックハウス・アスターがその隣の、5番街と34丁目の南西角に自身の邸宅を建設する。

1893: ジョン・ジェイコブ・アスターJrの息子である、ウィリアム・ウォルドーフ・アスターが相続した邸宅を取り壊し、5番街と33丁目の角にウォルドーフ・ホテルを建設する。

1897: ウィリアム・バックハウス・アスター夫人が5番街と34丁目の角にあった自身の邸宅を取り壊し、その場所にアストリア・ホテルが建設される。 この新しい複合施設は、ザ・ウォルドーフ=アストリア・ホテルとして知られる。

1928: ザ・ウォルドーフ=アストリア・ホテルが、ベスレヘム・エンジニアリング・コーポレーションに推定価格2千万ドルで売却される。

1929: ジョン・ジェイコブ・ラスコブ(元ゼネラルモーターズ幹部)、コールマン・デュポン、ピエール・S・デュポン、ルイス・G・カウフマン、エリス・P・アールが、エンパイアステートInc.を設立し、元ニューヨーク州知事のアルフレッド・E・スミスを社長に任命する。

1930: 3月17日、エンパイアステートビルの建設が開始される。 建築事務所シュリーブ・ラム&ハーモン・アソシエイツの監督のもと、建物の骨組みが、1週間に4階半のペースで組み上げられていく。

1931: 5月1日、フーヴァー大統領がワシントンD.C.で照明のボタンを押し、エンパイアステートビルが公式に開館し、照明が点灯する。

1933: 映画「キング・コング」が3月2日にニューヨークで公開される。

1945: ある土曜の朝、濃い霧のなか飛行していたB25爆撃機が、エンパイアステートビルの79階に衝突。 建物の構造のおかげで火災が広がることはなく、建物は6mほどの損傷を受けたものの、月曜日には通常通り営業を開始する。

1950: エンパイアステートビルに、高さ60mを超えるアンテナタワーが設置される。

1951: ジョン・J・ラスコブ・エステートが、ロジャー・I・スティーブンスやシカゴ・クラウン・ファミリーが属するシンジケートに当ビルを3,400万ドルで売却する。このシンジケートはその後すぐに同ビルをプルデンシャル・インシュアランス・カンパニー・オブ・アメリカに1,700万ドルで売却し、同社とスティーブンス・シンジケートとの間に長期土地賃貸契約が結ばれる。

1955: 米国土木学会は、エンパイアステートビルを「アメリカ史において最も優れたエンジニアリングの偉業7選」の1つに選出する。

1956: 訪問者の歓迎と自由の象徴として、アンテナタワーの付け根部分に「ザ・フリーダム・ライト」として呼ばれる4つの巨大な標識灯が設置される。

1961: 8月23日、ローレンス・A・ウィーン、ピーター・L・マルキン、ハリー・B・ヘルムズリーらが6,500万ドルで当ビルを購入する。 土地代が含まれていないこの価格は、1つの建物に対して支払われた最高額である。

1962: 30名の作業員が、エンパイアステートビル開館以来、初めての外壁清掃を行う。 この清掃作業は、完了までに約6ヶ月の期間を要した。

1964: 標識灯の代わりに投光照明が設置され、ニューヨーク万国博覧会の開催を祝してビルがライトアップされる。

1966: 当ビルの80階まで運行する手動式高速エレベーターが、自動式のものに変更される。

1973: 11月、エネルギー危機を受け、タワー照明が一時的に「中止」される。 その後、タワー照明は1974年7月3日まで点灯されなかった。

1976: エンパイアステートビルの展望台が、5,000万人目の訪問者を迎える。

1976: 米国建国200周年を祝して、エンパイアステートビルに色付きの投光照明が設置され、夜間に赤、白、青にライトアップされる。この時の照明は、今日人気の高いライティングパートナーズ(Lighting Partners)プログラムへと発展する。

1978: 2月15日、毎年恒例のエンパイアステートビル・アニュアル・ランアップの第1回目が開催される。

1980: エンパイアステートビルが独自のZipコード 10118を取得する。

1981: 5月18日、ニューヨーク市の歴史的建造物保存委員会が当ビルを「歴史的建造物」に指定する。

1982: 12月20日、エンパイアステートビルが米国の国家史跡登録簿に登録される。

1986: 米国内務省の管轄下にある国立公園局により、エンパイアステートビルが国定史跡に指定され、記念銘板が授与される。

1993: 6,514枚の窓の交換が行われる。これは歴史的建造物保存委員会がこれまでに許可したなかで最も大規模な窓交換であり、建設当時のビルに設置されていたオリジナルの鮮やかな赤い窓枠が使用される。

1994: 2月14日、エンパイアステートビル初のバレンタインデー・ウェディングが執り行われる。 これ以降、250組以上のカップルがこのビルでの挙式で誓いの言葉を交わしてきた。 毎年テレビ放映されるこのイベントは、世界中のニュースで取り上げられている。

1999~2000: エンパイアステートビルの電気通信設備の改修工事が行われ、32kmを超える光ファイバーケーブルと銅線が設置される。

2002: ピーター・L・マルキンと、義理の息子でありローレンス・A・ウィーンの孫であるアンソニー・E・マルキンが中心となり、エンパイアステートビルの敷地の購入を進める。

2004: 1933年の映画「キング・コング」でヒロインを演じた女優フェイ・レイの死を悼み、タワー照明が15分間消灯する。

2006: 創設75周年にあたり、所有者が5億5,000万ドルをかけたエンパイアステート・リビルディング(Empire State ReBuilding)プログラムを発表。プログラムには、当ビルの象徴でありアールデコの傑作であるロビーの全面改修・復元や、金とアルミニウムを配したオリジナルの天井の忠実な復元が含まれていた。

2007: アメリカ建築協会により、エンパイアステートビルが「アメリカが最も愛する建築物」の1位に選出される。

2009: ビル・クリントン大統領、マイケル・ブルームバーグ市長、アンソニー・マルキンが、エンパイアステートビルの画期的なエネルギー効率改善プログラムを発表。既存建造物の改修に関する世界の模範となる。

2009: 9月29日、新たに改装されたロビーの天井が披露される。 改装には、建物自体の建設期間よりも長い時間を要した。

2010: エンパイアステートビルが、FacebookやTwitterを通じて、世界中の50万人以上のファンとつながる。

2011:史上最大規模のエレベーター近代化事業に、オーチス・エレベータ社(Otis Elevator Company)が選出され、最新のコンパス(Compass™)デスティネーション・マネジメントおよびリージェン(ReGen™)ドライブが採用される。

2011: 米国環境保護庁(EPA)より、2011年グリーンパワーリーダーシップ賞を受賞する。

2012: エンパイアステートビルが新しいLED照明システムを発表。高速コンピュータによって制御されたこのシステムにより、1,600万色の表現が可能となる。

2012: モニタリングと検証により、エンパイアステートビルの改修プロジェクトが、2年連続で当初の計画を上回る省エネ効果を実現し、数百万ドルのコストを削減したことが証明される。

2013: エンパイアステートビルとニューヨークにあるその他17のビルを保有する親会社であるエンパイアステート・リアルティ・トラスト(Empire State Realty Trust)が「ESRT」の略称でニューヨーク証券取引所に上場する。

Take the Tour!

The virtual tour walks you through the whole experience, from the newly renovated art-deco lobby through the sustainability and historical exhibits, up to our observatories.

See for yourself what makes the Empire State Building Experience a must-see on your next NYC visit.